上を下への (お侍 習作113)

        〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        





 『あのような穴蔵、それも出口のない奥へ奥へと潜入する危険極まりない手立てへ。
  そこもとが練ればもっとまともな策も生まれたろうに、
  あのような力技へ、何への信頼あって一枚噛んでくれたかを訊いておきたくての。』

 出るのかどうかもあやふやな鉱石を採掘するための労働力として、無法無頼な一団に力づくにて誘拐された無辜の人々の救出と、そんな詰まらぬことを企んだ盗賊一党の総ざらえ。禿山一つ分の地盤すべてを網羅する、広くて深き廃鉱などという、結構大掛かりな場所を舞台にした大捕物が一段落してから、あらためてそれを勘兵衛へと持ち出した弦造殿だったのは。無事にしおおせたからこそ言えることながら、実はご自身にもあまり自信はなかった策だったかららしく。
“弦造殿らしいと言やあ らしいことだの。”
 一から十まで、全体の全部を自分一人で手掛けるというのなら。どこかの不足を別などこかで補うという進捗上での均衡とか、不慮の事態
(アクシデント)をちょっとほど無理をして掻いくぐることで相殺するよな制御とか。いちいちマニュアルを用意しておいて、意識して頭に刻み込むまでもなく、1つの作業の尋の中でプラスマイナスがゼロとなるよう、消化出来るよう、身についた経験則からこなせてしまうものだけれど。どこかを人任せにし、相手へすっかりと預けてしまうよう計画を立ててしまうとそれは利かない。よって、何をどうしたいのかという最初の取っ掛かりから、不慮の出来事が勃発したらどういう方向へ流したいのか、本来ならば様々に打ち合わせをして意を合わせ、それから取り掛かるべきところだったのに。それまで ご自身単独でという仕事しか引き受けて来られなかった彼だったので、つい。打ち合わせも不十分なままGOサインを出してしまった結果が、このドタバタぶりだったのであり。自分の機転で何とかなろうと引き受けて、やはり何とかして来た実績がさせたこと。まま仕方がないだろうと、そこは勘兵衛にも久蔵にも…相手にもよるがほぼ似たような方針を取っている関係で、何とはなくの理解が及んでおり。訊かれたからにはと応じた勘兵衛、

 『シチに瓜二つのお顔に絆
(ほだ)されてとしておこうかの。』

 そんな言いようをして苦笑をして見せ、
『まま、もうちっと腹を割ったところを申すなら。お主のその身、平八の手になるものだということへの思惑もあったというところだ。』
『平八殿の?』
 それはまたどういう意味だろかと、形のいい口許を唖然としたように薄く開いた弦造殿へ、
『これ以上はつや消しになるので言うまいよ。』
 ちょいと意味深な誤魔化しようをした壮年殿。平八の観察眼がおサスガだったか、それとも彼がチェックし、その再現に燃えたくなったほど、それだけ表情豊かな七郎次だったからか。こちらの弦造殿のお顔に浮かんだ表情の全て…感情をそのまま映したそれらのいちいちが、勘兵衛には覚えのあるものばかりなものだから。つい、それを匂わすような言いようを口にしかかったのであり。
“それこそ、それを鵜呑みにしてはならぬのだろうが。”
 無論、その度毎に慎重に“別人別人”と、内心で唱えもした彼であったのだけれども。
“…余計な世話だ。”
(笑)
 筆者さえ煙に撒くようなタヌキ属性の壮年殿へ、
『ふふ、さようか。』
 それこそ つや消しとなるからか、それともこんな言葉足らずなやりとりでも意が通じたものなのか、弦造殿の側もまた、それ以上は言及して来なかったのではあったれど。
“…。”
 結構な経緯あっての知己となった弦蔵殿の人と成り。出会いの折のすったもんだ以降も、野伏せり退治へと行動を共にしたことが幾度かあった蓄積から、勘兵衛の側にしてみれば信じても足るお人だとの把握・判断に迷いなぞないだけのこと。それでも敢えて…と弦造殿の側からそんなことをば訊かれたは、彼にしてみりゃ“たったそれだけの蓄積”で、その身を危うくしかねぬ仕儀へ乗ったという、こちらの軽挙を案じられたのやも知れず。
“そうまで素直で人を疑わぬ性分でおっては危ないぞと、案じていただいたのではなかろうか。”
 勘兵衛がそれなりの壮年であり、先の大戦でいかな歴戦の大将であったとしても、もっともっと年嵩であるらしき弦蔵殿にかかれば、まだまだ若輩ということなのかも知れぬ。そして…そこまでの深慮を互いに拾い合っての掛け合いだったこと、後に七郎次に仔細を噛み砕いてもらうまで、
『???』
 何のことやらと首を傾げるばかり。タヌキ同士の渡り合いにはまだまだついて行けないらしかった、こちらはもっとうんとうら若き、久蔵殿であったらしい。というよりも、

  ―― そんな暢気なことを、いちいち取り沙汰しておれようかと

 そんなことはどうでもいいとしたくなるほどに、勘兵衛自身への叱言・詰言、山ほどぶつけたくなるような事態になろうとは。彼とても神ならぬ身、先のことが予見し切れぬのは仕方がないが、それでも口惜しいと歯咬みした展開になろうとは思いも拠らず。怒っていいやら案じたがいいやら、どっちつかずの末に困り果ててる駄々っ子のようなお顔になってしまい、大事を取って床へと伏してた勘兵衛から“いかがしたか”と、逆にいたわられたりもしていたそうな。





  ◇  ◇  ◇



  えっ?と思われた方も、
  まま、これから紡ぎますお話を、まずは聞いてくださいましな。


 この世のものとは思われぬ桁の絶世の美人にして…やはり桁が大きく外れていようほどもの乱暴者が。ちょいと手をすべらせてしまっての余波で、結構な堅さがあったはずの岩壁に風穴を空けてしまったことにともなわれ。窟全体が震えたのではないかというほどの規模で ずんと大きく鳴り響いた突然の地響きは、別行動を取っていた弦造殿のいるところへも届いたらしく、
【 勘兵衛殿っ!? いかがなされたっ!】
 つい先程にも応対したばかりな彼からの、安否を気遣う焦り気味の声が、懐ろの電信器から漏れての飛び出したほど。後先考えぬ浅はかな雑魚の誰かしら、爆薬でも持ち出したのかと問われ、
「ああ、まあ…そんなところだが。」
 半分は大正解で 半分は〜〜であったため、少々言葉を濁した勘兵衛様、
「我らに危難があった訳ではないのでご案じなさるな。」
 嘘ではないけど、結局のところは誤魔化したわね。
(苦笑) じゃあなくて、
「ただ、ここの崩壊に拍車をかけたには違いなくてな。」
 そこは最初から案じていたこと。あちこちから攫った人々に無理から掘らせていた部分は、支柱や垂木を張るといった養生もせぬまま、よって脆い地層が晒されたままになっており。砂山同然にちょっとした刺激一つで崩れ落ちようことは織り込み済みだったものへの直撃となってしまい。奥まった辺りから崩壊しつつあるらしい地響きが、不吉な病の不整脈のように遠くから聞こえてもいる。
「なに、岩盤が頑健な方へと逃げておるのだ、十分間に合う。」
 一刻をも惜しんでと地上を目指して駆けている、虜囚だった皆様を率いたまんまでの会話だが、芯の張った闊達な声の落ち着きようから、案じることはない状況だと重々伝わったのだろう。多くを語らずとも弦造殿からの納得を得られたようで、
【 ともかく急げ。儂は先んじて、ここから掻き出した奴らが窟へと逆戻りして来ぬよう出口を固める。】
「おうさ。」
 窮鼠猫を咬むではないが、大外回りを取り囲む捕り方に逃げ場を奪われたと気づき、破れかぶれになった賊共が、遅ればせながら立て籠もろうとして窟へと逆走して来たら、それはそれで面倒だ。そちらは一切任せよと念を押し、通信は切られて、
「この坂になった坑道を上り詰めれば出口は間近。皆、今少し気張るのだぞ。」
 肩越しに振り返った人質らへと掛けられるお声もまた、何とも頼もしい張りのあり雄々しいことか。絶望と疲労に消耗し切っていた人々への励ましには十分で、
「はいっ!」
「ありがとうございますっ。」
 手を合わせて拝む者までいるものを、
「…。」
 もしかして…この脱出劇に華を添える“落盤騒ぎ”の火種を作った張本人様、皆の殿
(しんがり)を任され、周囲や後背への注意を払いながらも ただただ寡黙に駆けていた久蔵としては、少々複雑な想いで眺めるばかり。

 “通り一遍なそれとも思えぬのだがな。”

 どこの誰とも知らない、今初めて逢う存在だというのに。いくら自分たちを直接いたぶっていた輩を倒し、追い払ってくれたとはいえ。そして、言われなきまま捕らわれていた監獄から出してくれたとはいえ…もしかしたなら別口の狼かも知れぬのに、この心酔の様はどうだろか。それこそ、その振る舞いや物言いから勘兵衛の人と成りが伝わってのこと。そしてその人と成りが優しく頼もしく、善属性であろうと感じられたからこそ、崇め敬い奉る勢いで、全権任せて従っている彼らに違いなく。
「…。」
 敢えなく散った同胞たちの命を背負い、彼らと共に歩み続けるため、生者とはずっと関わらずに通して来た風来坊。だがきっと、その行く先々では、多くの人々になさぬ涙を零させての別れをさせたんだろうことが、ここでの彼と人々との有り様からだけでも偲ばれて。それはそれで随分と無情な罪作りをして来たこと、あの男はどれほど気づいているのやら。

 “…気づかれても困る。”

 どっちだ、紅胡蝶殿。
(苦笑)







 ここいらは乾いた土地なので湿気は少ないものの、それでも密閉空間だったせいか、息が詰まるような淀んだ空気ばかりが垂れ込めていたものが。何層目となるものか結構登った坑道の中で、ふと、
「…。」
 冴えた空気を感じ取れて、ああ、ようやくだと皆へも道の終わりを気づかせた。突入してからまだそんなに刻は経ってはおらず。それを示すかのように、まだ遠いがそれでもそこが出口と判る闇、幾つかの篝火の向こうに、坑道の暗さとは別格の、蒼月の光を帯びた夜陰の藍が丸ぁるく見えて。息を切らしつつも駆け続けた皆がその肩を上げ、もうひと踏ん張りと威勢を増したその時だった。

  ―― ごぉおぉぉお……んん、という

 鋼板の上へ重々しい鉄の轍を転がすような、はたまた遠い雷鳴のような轟きが。堅く分厚い岩壁の、上とも下とも後ろとも、どことも知れぬところから聞こえて来たものだから。一体何だろかと駆けていた足が緩みかかる一行だったが、
「…っ。」
 はっとした勘兵衛は、逆にその足を少しほど速め、肩越しに皆を振り返る。
「さぁさ急ぐのだ。このような忌まわしい場所、影さえ取りこぼしてはなるまいぞ。」
 投げかけられし頼もしいお声に、一同の意識が軽く叩かれる。ここまでは一度も急かすような物言いをしなかったお人の、最後の後押し、あと少しだぞという励ましに、そうだったと我に返れたか、緩みかかった皆の足が再び早まったものの、

 「…っ。」

 遠い潮騒がいよいよもって近づきつつあると、さすがは殿を務めていただけあって、振り向きもせずに気づいた久蔵。何も言わぬままのいきなり…彼にはあり得ぬ不調法、金音立てて背中の双刀抜き放ち、しかもしかもその切っ先を故意に叩き合わせ、ぎゃりんという耳障りな音を立てさせた。今度はすぐ背後という間近い物音、何事かしらと振り向いた、一番後ろにいた者が、鼻先にかざされた鋭い刃へギョッとする。丁度最後の篝火の傍らを通った間合いだっただけに、冴えた銀に濡れ濡れと光った細身の刃も、それを延べた青年の無表情も、どちらもが躍る赤い光に隈取られ、得も言われぬ恐ろしい代物に見えてしまったらしく、
「ひぃいぃぃぃぃっっ!」
 あわわと慌てたそのまま、尻へ火でもつけたのかという勢いで。前を行く仲間に突っ込みかねない加速もて、早う早うと駆け出した。それまでは大人しゅうしていた男に突然のこと突き当たられて、何事かと振り返った他の面々も、その視野に収まった…彼だけは篝火の真横に立ち尽くす、若い方のお武家様の異様な姿を見、抜き放たれた剥き身の刀の怖さへ、わっと驚くとそのまんま やはり足を速めて駆け出したから。半ば恐慌状態に陥ったそのまま、臆病な羊の群れのように駆け出したその一番先頭は 早々と出口まで達してしまったほどの効率のよさだったりし。そして、
「…久蔵。」
 こちらさんも、実のところは…奥まったところから ほとびるようにして始まった落盤が、いよいよ間近まで迫っているのへ気づいていた勘兵衛が。怖がってのこと 盲馬のように駆け出した皆を、そのままの勝手に先へ先へと行かせる格好、取りこぼしての置き去りになる者が出ぬようにと、一人一人の背を数えつつ。
「…。」
 怖がらせる脅し役に徹したらしき連れ合いへと苦笑を向ける。確かに手っ取り早いには違いないが、恐ろしい目に遭ったという格好で、それもこちらの彼が鬼のような存在だと印象づけられるのは、ご本人がどれほど納得していようが、勘兵衛自身には面白いことではないのだろう。愛想が悪いのはなかなか直せぬが、それでも…小さきものや弱い者への、優しい気遣いだって多少は出来るようになってもいように、

 “まま、そんな悠長を言うておれる場合ではないか。”

 自分だって…例えば彼がいた殿
(しんがり)を任されておれば、案外と同じことをしたかも知れぬとの、何とも味のある苦笑をその口許へと柔らかく滲ませて。さても最後のお一人が、やっとこ自分の傍らまで駆けて来たのを さあ行かれよと見送った、正に丁度その時だ。

  ―― 最初は細かい砂が埃のように降り落ちて

 向背から襲い来るものと思われた落盤は、どこでどの部位へどう伝わったその結果か、坑道はまだ残したまま、いきなり彼らの頭上へ届く力となって先行してもいたらしく。
「久蔵っ。」
 急げと掛けたその声を聞くまでもなく、得物の双刀を背に負うた鞘へと仕舞いつつ、弾かれるよに駆け出さんとした彼だったのだが、

 「…っ!」

 そんなところに亡者でも埋められていたものかと、本気で思いかかったほど。それはしっかりと久蔵の足首を掴んだものがある。駆け出した勢いがなまじ強かったため、彼ほどの練達が足を取られただけで膝をつくほどの無様を呈してしまい、
「…っ。」
 しかもしかも、どんなにもがいてもその足だけが言うことを聞かない。蔓草や綱や縄や、もちっと広げて配線用の何やかや。そのような長ものが落ちていての絡まったというだけで、こうも執拗に拘束が続くものだろかと。その赤い双眸をきゅうと眇め、何事かと訝しげに見やった先、がっちり固定されたらしき自分の足先を見やった久蔵の視線が、暗がり透かして捕らえたは、地べたが避けた細い亀裂であったりし。
「…。」
 進みかかったことで突っ込んだものならば、力を緩めて引けば抜けようところだが、どういう加減か、さして大きくはない彼の足でも抜けぬほど、前へも後へも動かないほどもの嵌まりよう。勢いよく突っ込んだがため爪先が前方へかなり食い込んだものが、力を緩めた拍子に元の形へ戻ったせいで、本来は入り切らぬ容量の足を突っ込んでのぎゅうと埋めた格好になったらしい。
「ちっ。」
 選りにも選ってこんな時にと忌々しげに舌打ちをし、収めたばかりの得物の片方、素早く引き抜いて逆手に握ると、岩枷を抉るべく地面へ突き立ててやらんと構えかけた久蔵だったのだが。その身を起こす動作に入りかけたその鼻先を叩くよに、


  「久蔵っっ!」


 窟内の空気を震わせるほどに轟かせ、勘兵衛のいやに切迫した声がして。それで気づいたのが…途轍もなく重々しい絶対の存在が落下して来る気配。それも、1つや2つなんて可愛らしいものじゃあない、天井ごと落ちて来やるかと思えたほどの存在感であり。この層だけは天井が高い分、まだまだ遠いはずだのに、先触れの気配の大きさと圧の分厚さだけでもう、この身をぐるりと上からくるみ込んで離さない。ざわりと総毛立ったまま、そういうものへの感応力が鋭い自分なものを、今ほど恨めしいと思ったことはなかった久蔵で。

 「く…っ。」

 ならば刀を振るって片っ端から刻んでやればとも思ったが、それを敢行するには体勢がまずい。伏せた恰好になって倒れたがため、頭上から降って来るものへ真っ向から対する姿勢が取れない。膝立ちになったとて限度があるというもので、総身を大きく弓なりに反らす柔軟性には自信もあるが、
「…。」
 頭上から崩れ落ちる岩盤の雨は、あと少しで地上部という古さのせいでか、細かい土砂よりも、長きにわたって天蓋や壁であったことで固められたそれだろう、大きな塊の方が目立った。自由が利く身であったれば難無く切り刻んでしまえたろうが、その足を咬んでいた窪みは、やはり脆かった足元の地面が前後へと割れた裂け目であったらしくって。どれほどの嵩が降り落ちて来るものか、もしかしてこの山ごと落ちて来ようというのなら、とてもではないが耐え切れるものではない。

 「…。」

 刹那の中でどれをか1つだけを選ばねばならぬとあって、だが、こうまでの危急はこれまでにもなかったこと。あったかも知れぬが、ならばきっと、運がよくての乗り切れたに違いないと、だから覚えていないのだというほど覚えがなくて。先程までは総毛立ってのピリピリとしていたものが、もはやその身を起こしてみようという気も起きぬほど、恐らくは生まれて初めてのそれか、諦念という寒々しいもの、咬みしめんとしかけた久蔵だったのだけれど。

 「そのままで眸を伏せておれ。」
 「…っ。」

 久蔵のその痩躯をとんと突いての伏せさせて…細い背をまたぐようにして片膝を立てることで、まずは直接降りかかる砂塵から庇ったその上で。自分の得物の大太刀とそれから、左の手へは久蔵が握っていた双刀のうちの片やの月峰を、いつの間に奪い取ったやら その手に握っていた勘兵衛。上体の前にて腕を交差したその構えようは、丁度久蔵がいつも見せている双刀へのそれに似ており。その胴の両脇から背の方へ、角のように牙のようにやや上へと突き出した格好の、二振りの和刀の切っ先が…ヴゥンと低く唸って震え出す。

 “まさか…。”

 体内を流れる経絡の気を、鋭く深い集中により練り上げて。背骨を芯に水平並列に何層も居並ぶチャクラの環を活性化させ、生じた波動を更に縦へと連動させた“螺旋のチャクラ”。それを得物へ流し込んでの発動させるのが、触れたもの皆 破砕する脅威の覇力“超振動”の正体なのだが、

 「ぐ…っ。」

 確かに威力は絶大ながら、目的とするものが刃へ直接当たらなければ発動しない。小さいとはいえ、彼自身の拳よりも大きかろう礫塊が、次々に落ちてくるのが見える。それらが絶え間なく、背や肩へ がつごつと当たっていように。そんな衝撃なぞものともせず、双方とも波動を帯びさせた二振りの刀を頭上へ高々振りかざすと、人間大ほどもあろうかという大きさ以上の塊を警戒しては片っ端から粉砕しており、

 「…島田っ。もういい、逃げよっ!」

 自分の足さえ外れればと懸命にもがくものの、焦りもあってかやはり容易くは抜けないようで。そんな自分へ付き合うにしても程があろうにと思えば、彼がその身へと浴びている苦痛、察するだけでこちらへも痛い。刀への集中を逸らさぬまま、ばらばらと降りかかる岩礫からの殴打も受け続ける苦行なぞ、彼にはそうまでして耐える理由はないはずと。瓦礫の降りそそぐ轟音に掻き消されかねぬところ、常にもないほどの声を張り、もういいからと訴える久蔵だったが、
「…。」
 そんな譫言、聞く耳持たぬと、勘兵衛も勘兵衛で引かぬ構えなのは明白で。そうまでして何をどう守ろうというものか、このようなことで双方ともに滅してどうするかと。諦念以上の苦しき想い、絶望というものに身の裡
(うち)を抉られそうになる。自分がどうなるかへの執着は相変わらずに薄い。選りにも選って自分の身の安全への固執さえ薄いことが、思い切りのよさや大胆さとなり、彼という器を破格の早さで延ばしもして来た。だが、いやさ…だからこそ、失いたくはないとするものを持たずにいられたものが、

 「島田っ!」

 今は違うから。歯痒いなんてものじゃあない狂おしいほどの想いから、早く退いてと、安全なところへ去れと、こんなに叫んでいるのに何で届かぬか。自分の至らなさが招いたこと、しかも庇われていることがこんなにも痛い。護られていはするが、その周囲にも瓦礫は降り積もり、見上げているのもキツくなりつつあったが、それでも眸を離すなんて出来なくて。もうもう足が千切れてもいいからと、噛みしめた唇がとうとう切れ始めたほどのむきになったその挙句、

 「…。」

 今やっと想いが至った。自分が兵器として…侍として生き延びるための方策ではないならと、切り替えた途端に出た答え。自分の体の側線を辿り、下から上向きにと収めたままの“雪峰”の把
(つか)へと手を届かせる。残った刀にて切り裂くは忌まわしい足。この枷さえなければと弾き出された答えへ向けて、逆手に握った把をそのまま引こうとしたものの、

 「早まるもんじゃあない。」

 意識から感覚から、知らぬ間にぎゅぎゅうっと締めつけられたようにでもなっていたものか。唐突に現れた誰ぞかの気配が、そうと囁きながら久蔵の手を上から押さえて。その頼もしい手の感触の“実在感”が、じわじわと青年の総身を現実へと返す。目が痛むのは砂ぼこりのせい。喉が嗄れそうなのも周囲に満ちた細かい土埃のせい。泣いてなんかないし、わめいてなんかない。そうと片意地張れるまでの意気地が戻り、瞳の張りようにも幾分か生彩が戻ったのを確かめた弦造殿、

 「よしよし、いい子だ。」

 もう泣かんでいいからなと笑い、やはりやはり小さくはない石礫をその身へと浴びつつも、久蔵の足元のほうへと回って行って屈み込む。ははあこれかと元凶を見やると、有無をも言わさず青年の細っこい足首をぐいと掴んでの…仕事は手早くて。
「…。」
 片膝ついての片手は顔の真横まで。引っ張り上げてバネをため、指先そろえたその先が、手首から生き物のように躍り出した導線に搦め捕られると、綺麗な流線に縁取られていたその手が…槍の穂先のように象
(かたちど)られての、一塊の鋭い鋼の武器と化す。
「…っ。」
 立っていた角度から、勘兵衛だけが目撃したメタモルフォゼだが、それを察しても弦造殿の表情は揺るぎもしないまま。
“ああこの顔は、”
 これが元となった七郎次ならば、差し詰め…ままお任せをと自信満々、さりとて真摯さからの集中に意識を絞っている時のお顔に相違なく。

  ―― 哈っっ!

 内部は脆いが表層は堅い。困った質の岩盤を叩き崩すための処置、勢いよく取り掛かった彼である。






  ◇  ◇  ◇



 虜囚となっていた方々は無事に飛び出して来たというに、なかなか出て来ない二人を不審に思ってのこと。電信器を起動させると、何やら悲痛なやり取りが聞こえたものだから、これは一大事と飛び込んで来て下さった弦造殿だったらしく。打てる手立てはせいぜい1つしか選べないだろという切迫していた状況下、久蔵の足元の岩盤を砕く方を選ばずに傘になることを選んだ勘兵衛だったのは、そんな“もしや”を期待してのことではなかろうが、
『ああ。あの段階でそっちを選んでおったなら、その手当ての最中に、二人揃ってか相前後してか、間違いなく岩盤の下敷きになっておったことだろうよ。』
 弦造殿自身が冷静にそうと断じたくらい、あれはあれで理にかなった判断ではあったと言えて。何とか足が自由になったそのまんま、ほれ駆け出せと背中を押されて外へと向かった久蔵をすぐさま追う格好、間合いを読んでの一際強い超振動波を上へと叩きつけてから、一瞬だけ稼いだ空隙をやはり駆け出して来た勘兵衛と弦造殿。彼らが飛び出して来たのとほぼ同時、その正に背後で岩屋への入り口が一気に閉ざされ、その風圧により尚の一歩を押し出された、二人へとわっと歓声が浴びせられたのは言うまでもなく。救出された人々や、賊一党を捕縛したのち、集まっていた捕り方の面々が待ち受けていた中、

 「いやはや、お疲れ様じゃったの。」

 道着風のざっかけない衣紋も勇ましい、若そうに見えて口調は納まり返った壮年風な弦造殿から、ばんばんと威勢よく背中をはたかれ、その勢いに押し出され。どこか気難しい風情でもあった、もう片やの凛々しい壮年殿が“おっとっと…”と前のめりになりかかったことで。大変だった苦労も一気に“目出度い・目出度い”という賑やかカラーに転じてしまったから、さすがは年の功というか、弦造様マジックとでも言うべきか。

 “まま、愁嘆場になるよりは。”

 しんみりされるは苦手とばかり、がやがやと沸いてる中、そおとその場から身を離す勘兵衛で。いやな汗をかいた上へと降って来たもの、髪から顔から衣紋からと、見苦しいほど砂まみれな英雄様がただったのはお互い様。それでも、出入り口のあの水路の成れの果てが残っていたらしいので。傾きかかった石鉢へ手ぬぐいを浸し、とりあえずは顔だけでもと清めておれば、
「…。」
 蓬髪が常より乱れてかぶさった雄々しい肩へ、恐る恐るか そおと触れた手があって。その存在が近づいていたこと察していた勘兵衛が振り返るのと呼応するかのように。柳の枝もかくあらん、しなやかな腕がするりと、大きな肩へ延べられて。紅衣にくるまれた愛しい痩躯が、こちらの懐ろの深みへと、揉み込むようにし しがみついてくる。助け出された面々へは役人の衆が在所を訊いたりと忙しそうで、こちらをわざわざ見やる者とてないものの。衆目がない訳でもない場でこうまでの懐きようは滅多にないことだったため、(注;捕まえた野盗どもがそこここに伸びている場面は、限
(キリ)がないので数に入れていないらしい。)
「…いかがした?」
 間近になった耳元へ、そぉっと囁けば いやいやとかぶりを振り。だが、その拍子にその手へ少しほど力が入ったものだから、
「…っ☆」
 どこか打ち身があったのだろう、そしてそこを押した格好になったのだろう。不意を突かれたから堪えることも適わず、うっと呻いて眉を寄せた勘兵衛であり。そんな彼の負うた傷、判っていながら…いたわってやりたいながらも、それを負わせた自身の落ち度こそが最も口惜しかったか、

 「戦さ場では、泣いて馬謖
(ばしょく)を斬るという英断もまた、得ていた筈だろに。」

 彼が戦後の長きに渡り、唯一の供連れにして来たもの。それらと添い遂げることをこそ優先し、そんな自分と幽鬼のような後生を共にさせるつもりはないからと。生者との関わりを疎み、あの七郎次との再会さえ避けて通したほどだった勘兵衛だったのは、何ゆえか。刹那をつないでしか永らえられなかったあの大戦中、生きている者のみを優先し、同胞や敵兵の屍を、悼む暇も惜しむ忙しさで、数多踏み越え置き去りにしたこと。当時の英断を、今になって…戦火砲火の静まった今になって、当然ごとのように厳然と、胸へ据え、腹に抱き。その重さをもって、自身がいかに罪深いかを馬鹿正直にも背負い続けているからに他ならず。
「俺は…俺もそのくらいは知ってる。」
 どちらかでも永らえられるものならば、片やだけでも逃れるが戦さに於ける正道。双方ともに滅してどうするかと。動かぬ我が身が犯した罪を。そうまでして引き受けてくれるなと。勘兵衛の取った行為を詰らんと、お仕置きのように…すがったその手、ぎゅうと力込めては“痛た…”との苦笑を誘ってやったものの、

 「そうは言うが、久蔵。」

 痛い痛いと眉寄せつつも、その、形よく引き締まった口許へと浮かんだは…やはり柔らかな笑み一つ。

 「お主がいつも、
  無茶をするなと言うたり、
  つまらぬ奴に斬られるなと、割り込むようにして手を出して来るのと同んなじよ。」

 相手を庇ったのはお互い様な話。これまでにだってあったことだし、その相手がこたびのように、意志さえ届かぬような、はたまた意気地が強うても歯が立たぬような相手であっても、それが手を引く理由になんかなりはしない。


  ―― その身、その命、
      我の許しなく、死神なんぞに攫わせてたまるものかと思うただけ。


 こうしてふたたび両腕
(かいな)で抱ける幸いを思えば、どんな恐懼も何するものぞと飛び出せるものぞと。くく…と微笑った壮年殿のお顔の、何とも男臭くて精悍だったことだろか。


 「とは言うても、しばらくほどは何処ぞで長逗留といたそうか。」
 「…。(頷)」
 「儂も年だからの、快癒するには少々時間も掛かろう。」
 「…、…、…。(頷、頷、頷)」
 「判っておるなら、そろそろ顔を上げてはくれぬか。」
 「…。」
 「お主の顔を見るのがまた、気概への養生となるよって。」
 「…。//////////」


 ああ、相変わらずに減らず口を叩きおってと、いつでも余裕な壮年殿を忌々しく思いはすれど。何故だか、こちらこそが含羞みにのぼせ、顔に火がつくような想いを抱いた久蔵であり。嘘ではなくの本当に、肩やら背中やらを傷めている身の勘兵衛である以上、放り出す訳にもゆかぬではないかと思い止どまっての、
“これは…そんな奴だから仕方なしに肩を貸してやっているまでのこと。”
 真っ赤なまんま、それでも気を張っている横顔からは、自分にそうと言い聞かせているところがありありとし。可愛らしいというか判りやすいというか、少なくとも弦造殿にはそうと見えての…だからこそ、

 「…あの、手を貸して差し上げた方がよろしいのでは。」
 「いや待て。」

 静かに寄り添う彼らへと、気がついたが気の利かぬ無粋者を引き留めては。疲弊から難儀をしておいでなのではと思っての、他意はないのだと判っちゃあいるが、
「あの二人はああやって、互いを案じて気心というもの高め合っておるのだから。」
 だから、今しばらくは放っておいておやんなさいと。やんわりと見守る役回り、楽しげに請け負うて下さったそうでございまし。頭上には望月が煌々と輝いて、色々と懲りない方々を、やはりやはり微笑ましいことよと眺めておいでだったとか。夏も間近い皓月夜。長い長い夜は、まだこれから…。





  〜Fine〜  08.6.30.〜08.7.04.

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  *何となくギクシャクしていたお二人ですが、
   まま、こういうこともあるということでvv
   大戦時代の物差しが、彼ら自身からも薄れてゆきつつあるようですね。
   (だから、そういうことは本文で書けというに…。)

   あ、そうそう。おまけもあります。
   そちらは えとあの、も少しお待ちをvv

  お待たせの後日談ですvv → 

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらvv(拍手レスも)

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